中国マメ知識「端午節とは?時期、由来、習慣、挨拶、食べ物は…?」

「端午の節供」(いわゆる「こどもの日」)といえば、日本では毎年5月5日と決まっています。一方、中国の端午節は旧暦の5月5日であるため、春節と同様に毎年微妙に日にちが異なります。なお、2020年は6月25日です。もともと日本の「端午の節供」は中国から輸入されたため、その風習は親しみやすい部分もありますが、異なるところも多くあります。今回はそんな中国の端午節についてご紹介します。

端午節の由来

端午節は春節、清明節、中秋節とともに「中国4大伝統祝日」であり、その由来は古代までさかのぼることができます。

はじまりは中国南方の民間信仰として行われていた「龍の祖先を祀る」行事だといわれています。龍を象徴する星々は古代から幸運の象徴とされ、これらの星がちょうど南の方角に高く登る時期が端午節なのです。昔の人はこの「龍が天に登る」縁起の良い時期に祭りを行い、過酷な夏がやって来る季節の変わり目に無病息災を祈ったのです。

のちに端午節は北方にも広まっていくほか、後述する詩人・屈原をしのぶ日とされるなど、中国全土の多種多様な文化と融合していきました。端午節の風習は、古代と現代、南方と北方が融合した、まさに中国を代表する伝統文化といえるでしょう。

端午節の習慣

端午節の代表的なものといえば、カヌーのような細長い形の「ドラゴンボート」。毎年端午節の前後には、装飾された舟で速さを競う「ドラゴンボートフェスティバル」が各地で開催されています。また、ドラゴンボートはスポーツとしてもポピュラーな存在です。その起源は浙江省の古い民間信仰にあるといわれています。古代の中国人は龍を自分達のシンボルと考えており、龍の形に削り出した木のボートに乗り、その速さを競うことで、神様を祀る祭事としたのです。

また、ドラゴンボートと端午節を結び付ける話はもう一つあります。『楚辞』の創造者として知られる詩人・屈原が入水自殺をした際、農民が舟を漕ぎだし助けに向かったことが、端午節にドラゴンボートに乗るという習慣につながっているといわれています。屈原は春秋戦国時代の詩人・政治家ですが、祖国が侵略されるのを目の当たりにし、河に身を投げて自害しました。農民達は愛国心の強い屈原を大変尊敬し、彼を助けようと舟を漕ぎ出したのです。屈原が入水したのが5月5日といわれており、彼の故郷の湖北省を中心に端午節は屈原をしのぶ日ともなっています。

端午節の食べ物

もう一つ、端午節を代表するものは「ちまき」です。ちまきは古来、神へのお供え物として節句には欠かせないものでした。本来ちまきは他の節句でも食べていたようですが、長い歴史を経て、端午節に食べるものと定着したようです。

中国のちまきには大きく分けて2つのタイプが存在します。甘いお菓子のようなタイプとしょっぱいご飯のようなタイプがあり、ともにピラミッドのような正四面体に近い形。お米の粒がしっかり残っていて、おにぎりのイメージにも近いかもしれません。地方ごとにいろんなバリエーションがあり、端午節が近づくと有名ホテルやレストランでもオリジナルのちまきを売り出します。また、手作りする家庭もいまだ多いです。

余談ではありますが、明、清の時代にはちまきは縁起物とされ、科挙の受験者は、筆を模して作られた細長いちまきを食べて試験に臨んだということです。このようなちまきを「笔粽(ビィゾン)」といい、「必中(ビィジョン)=必ず合格する」とかけたゲン担ぎにもなっていたようです。

よもぎや菖蒲を採って、虫除けや殺菌に利用するのも端午節の習慣です。

端午節の挨拶

端午節には、ほかの祝日同様、祝日名に「快乐」をつけて「端午节快乐!(ドゥアンウージエクァイラー!)」とあいさつします。

端午節は通常3連休となります。長期休暇ではありませんが、中国人にとって重要な祝日です。日本の端午の節供は中国から輸入されたものですが異なる点も多いため、両国の風習を紹介しあうと話が盛り上がるかもしれません。
【ライター:松原悠】

参照サイト①:端午节由来与传说(http://www.gov.cn/test/2006-06/06/content_301530.htm)
参照サイト②:端午节的习俗(http://www.gov.cn/test/2006-06/06/content_301534.htm)

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