2020/09/11 ビジネス

会場から聞こえてきた涙声【アリペイ創業物語第20回】

いまや世界で5億人が利用するモバイル決済システム「アリペイ」。運営するのは、世界最大の非上場企業「アント・フィナンシャル」。本連載は、中国キャッシュレス社会を築きあげたフィンテック企業の公的伝記『アント・フィナンシャルの成功法則 アリペイを生み出した巨大ユニコーン企業』(発行:中信出版日本)を73回に分けてお届けします。
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 彭蕾は、ラクダ大会でひたすらアリペイ社員に危機意識をもつよう訴えた。彼女は社員に対し、ユーザー体験を上げることが最初の任務だと言った。

 「アリペイがタオバオの市場を独占できて、他社は入ってこないなんて考えないでください。アリペイが失敗すればいつでも取り替えられてしまいます」
 
 彭蕾は、いい仕事ができなければ、タオバオでさえ別の会社と組むことになるだろうと話した。事実、当時のタオバオはすでに銀聯商務の電話決済サービスを導入していた。
 
 社員たちにユーザー体験を重視させるために、老苗(ラオミャオ)は業務中の会議で実例を使って何が問題かを説明する計画を立てた。彼は2009年に廃止した、ユーザーからもっとも不満が多かった「収銀台」という支払いサービスを事例として選んだ。
 
 当時、ユーザーがタオバオで買い物をして清算する際、アリペイの画面に銀行を通して支払う選択肢が現れた。そこには、アリペイの決済ツールが一つひとつ付け加えられていた。ユーザーは銀行を選んだあと、パスワードを入力し、確認ボタンをクリックすれば決済が完了するようになっているのだが、決済手段の選択肢には統一性がなく、決済のプロセスも銀行のシステムの安定性もユーザーがしなければならないことも異なっていた。決済をする部分は、本来簡単にできなければならないはずだが、さまざまな銀行の支払いサービスが一緒になっているため、それぞれの銀行業務に関するコマンド、技術的な条件、および顧客自身の紐づけに関するコマンドなど、さまざまな要素がそこに差し込まれる。これらが皆一緒に羅列されると、「収銀台」が一体何なのかわからなくなってしまう。数十ある決済窓口の開発の過程・思想がすべて異なるのでユーザーは混乱してしまうのである。
 
 ユーザー体験の向上は一種のイノベーションである。たとえば、国際的に有名な決済企業のペイパルは、かつて提携ショップのためにペイパル・プロバージョンを出した。ショップはこのバージョンによって、オール・イン・ワンの決済モデルを設置でき、さまざまなカード会社と個別に契約する必要がなくなった。ペイパルを使いさえすれば、VISA、マスター、アメックスなどのクレジットカード会社およびその他のペイパルアカウントからの振替えに対して決済が行える。ペイパルはユーザーの決裁ルートの大部分をカバーし、サポートしていた。しかし、当時のアリペイはこの問題に思い至っていなかった。
 
 老苗が事例として「収銀台」を選んだのは、もっとも典型的なサービスだったからだ。話に説得力をもたせるために、彼は収銀台のプロジェクトをつくった幹部に話させた。その彼はよく考えて「収銀台の告白」と名付けたプレゼンテーション・シートを準備し、生きいきと「体験談」を話した。
 
 驚いたことに、そのプレゼンが終わったとき、会場から泣いている声が聞こえた。過去1年に努力してきたことに厳しい批評を受けたことに対する無念さと、なぜ自分がこの状況下でも、もっとも重要なユーザー体験を改良してこなかったかということに関する自責の念を皆が感じていた。
 
 当時のアリペイはユーザーが訴えてきた問題を解決している最中だった。社内には「殺虫剤」と呼ばれるチームがつくられ、ユーザー体験に影響するシステム内の故障対策を専門に担当していた。しかし問題は、この仕事がサービスの研究開発のそれぞれのプロセスに浸透していなかったことだ。マクロ的に見れば、2010年の前の1〜2年、アリペイは過剰に戦略を重視し、ユーザーにとっての価値を大切に扱っていなかった。
 
 何年もあと、老苗が再び「収銀台」のことを思い出したとき、感慨深げにユーザー体験やユーザーにとっての価値に言及することが一番多かった。彼によると、アリペイは「収銀台」というサービスで間違いを犯した。当時は業務開拓のことばかりを考えていて、開拓は速かったが、全般に統一性がなかったため、ユーザーがさまざまな支払いツールに直面して使い方がわからず困惑するのは当然だった。
 
 こうして、アリペイの中級層、上級層と、幹部社員は4日間議論を続けた。

次回は、「第21回:「正しく事を行う」と「正しい事を行う」の違い


アント・フィナンシャルの成功法則
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アント・フィナンシャルの成功法則 アリペイを生み出した巨大ユニコーン企業
著者:由曦
中国で10万部のベストセラー!中国で生まれ日本や世界で5億人が利用するモバイル決済システム「アリペイ」。運営するのは、世界最大の非上場企業「アント・フィナンシャル」である。本書は、同社のサービス誕生からイノベーションを繰り返して成長した過程を、企業の人・できごとにスポットを当てながら克明に描く創業物語。世界の金融業界から注目を集めるフィンテック(決済技術)最先端企業を解き明かす。

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