2020/09/17 ビジネス

銀行との交渉【アリペイ創業物語第24回】

いまや世界で5億人が利用するモバイル決済システム「アリペイ」。運営するのは、世界最大の非上場企業「アント・フィナンシャル」。本連載は、中国キャッシュレス社会を築きあげたフィンテック企業の公的伝記『アント・フィナンシャルの成功法則 アリペイを生み出した巨大ユニコーン企業』(発行:中信出版日本)を73回に分けてお届けします。
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 副総裁の袁雷鳴(ユエン・レイミン)は、考え方が緻密でロジカルであり、仕事熱心だった。2010年7月、袁雷鳴はアリペイのショップ事業部から金融事業部へ異動した。異動後の重要な任務は、銀行と交渉して「カートン」の業務モデルを改善し、決済成功率を高めることだった。
 
 北京大学の法学部を卒業した彼は、2005年7月に当時設立1年未満のアリペイに入社したが、その前は中国銀聯(カード会社)に勤めていた。中国銀聯は上海で設立されたばかりで、成長は飛ぶ鳥を落とす勢いだった。会社の社員に対する福利も手厚く、当時の上海でもっとも羨ましがられる仕事だった。しかし、多くの国営企業の社員と同様、若い袁雷鳴には我慢しなければならないことが多かった。
 
 インターネットが好きだった袁雷鳴は、いろいろな新しいことを試してみたかった。2004年9月、彼はタオバオを使って初めて買物をした。招商銀行のクレジットカードで30元強のサムスンの携帯電話用ケーブルを買ったのだ。ケーブルなどの周辺機器が、タオバオで手軽に買えるということが彼の印象に残った。その後、袁雷鳴はタオバオの常連客となった。
 
 まさにその頃、アリペイは中国銀聯との提携を探り始めていた。最終的には交渉は成立しなかったが、袁雷鳴はそのことによりアリペイという会社への理解が深まり、自分の将来の職業人生について考えるようになった。
 
 2005年、中国国内のインターネットの発展の勢いは凄まじかった。テンセントやバイドゥなどのインターネット企業がすでに上場しており、この2社の毎年の業務の伸び率は100%を超えて株価も急激に上昇していた。袁雷鳴は、インターネット企業の社員奨励制度は若い社員の価値創造にも刺激を与えるものだと感じた。
 
 そのとき、袁雷鳴は自分の専門分野に関してある考えがあった。彼の見方では、IP電話が旧来の電話にとって代わり、IPテレビが有線テレビネットワークにとって代わったように、汎用ネットワークは専用ネットワークにとって代わり、汎用端末は専用端末にとって代わるに違いなかった。また、決済に用いるPOS(販売時点管理)機器は専門端末であるため、長期的にはインターネットに基づく決済方式こそが将来の方向だと考えた。
 
 アリペイはその頃はまだそれほど有名ではなく、将来性も不確実だったが、面接試験を受けてからずっと、袁雷鳴はこの企業には彼が求めているものがあると感じていた。若かった彼の考えはシンプルで、「持たざる者は強い」と考えていた。見込みがあると思えば、若くて資本がなくても自分の身をまずその場に投じさえすれば、より多くの可能性が手に入ると思った。
 
 アリペイに入ってから、袁雷鳴は、法務、サービスおよび業界ショップの業務開拓などに従事した。「脱タオバオ」期には、物流、保険、ダイレクト・マーケティングなどの垂直型業界を担当し、取引量と取引件数の点ではかなりよい成績を残した。しかし、ラクダ大会以後、アリペイの重要な成績指標が決済規模から決済成功率およびアクティブユーザー数へと変わったため、袁雷鳴のポストに変化が生じた。
 
 袁雷鳴は自らの責任の重さは熟知していたが、提携相手と交渉するならまず業務について知らなければならなかった。着任まもない袁雷鳴は、浙江中国建設銀行と、カートン業務のプロセスの改善について話し始めた。当時、アリペイはネット銀行を使わないユーザーも決済ができるようにしたいと考えていたが、いいアイデアがなく苦しんでいた。

 2010年後半、アリペイチームは航空旅行の業務にMOTOpayという決済方法があることに気づいた。ユーザーは電話かインターネットで決済をするときに、名前、クレジットカード番号、その有効期限とセキュリティコードを知らせるだけでよく、プラットフォームはその情報がわかれば、代理引落としができるようになっていた。ユーザーは金銭の受取パスワードを入力する必要さえなく、インターネットバンクのページの移動もなかった。当時、国内のおもな航空旅行プラットフォームである携程(シートリップ)はこの決済方法を使っていて、決済の成功率が大変高かった。
 
 なぜこの方法を使って、MOTOpayとカートンをつながないのか。そうすれば、ユーザーはネットバンクにつながる必要もないし、クレジットカード1枚で決済を完成させられる。袁雷鳴はすぐに銀行と接触し始めた。しかし当時、この決済方法はハイリスクだった。カード番号と有効期限、セキュリティコードさえあれば、どんな人物でも他人のクレジットカードを不正使用することができるからだ。もし、アリペイがこの方法を使おうとするなら、安全なソリューションを探す必要があった。
 
 海外の類似の決済方法が参考となったが、海外市場の環境は国内とは異なり、消費者に対する保護が比較的手厚かった。本人以外が操作して金銭が引き落とされるような事態が発生したらショップが責任をとり、ユーザーは電話1本で返金してもらえる。国際カードのVISA、マスターはすべてこのルールに則っているが、中国国内ではこのようなセキュリティシステムはなかった。
 
 当時、アップルのスマートフォンが発売されたばかりだったが、アップルのiTunesアカウントのクレジットカードとの紐づけも同様のプロセスだった。ユーザーはカード番号、有効期限、セキュリティコードを記入して認証が完了したら、iTunesアカウントの紐づけができる。iTunesが出てきたばかりの頃、アカウント盗用という問題は大変深刻だった。その種のリスクを防ぐために、一部の銀行はユーザーを銀行カードと紐づけるときに、その場で電話をかけて確認した。ユーザー本人が操作していたら紐づけが完成する。もしそうでなければすぐに凍結された。
 
 そのやり方がアリペイにヒントを与えた。カートン業務をMOTOpayと結びつける際、ユーザーがカードの紐づけをしたときに、銀行にあらかじめ知らされている携帯番号を通じて確認をとり、ユーザー本人かどうかを証明する。このやり方は、事実上、銀行がもともと行っていた人手による確認を機械が自動で行うものだ。
 
 オンライン決済の過程で、ユーザー認証は非常に重要な部分だ。この過程は結局のところ「このIDの『私』は取引をする『私』」であることを証明しなければならない。銀行がアリペイの指示に基づきユーザーの口座から代理引落としを行うため、リスク防止のたに、アリペイは、支払い指示がユーザー本人の操作によるものかどうか認証を行わなくてはならなかったが、そのためには銀行の協力が必要だった。
 
 この交渉は大変難航した。銀行は顧客情報の保護に関して大変厳格で、アリペイの認証をサポートするとユーザー情報が漏洩すると考えた。

 「われわれは、認証のリンクをつくりたいと思います」 
 
 「それは難しいですね。銀行はユーザーのプライバシーをもっとも重視するので」
 
 これが袁雷鳴と銀行の典型的なやりとりだった。数カ月の間、快捷支付(スピード決済)について、袁雷鳴たちはいろいろと考えた。内部で議論して解決方法を模索し、それから銀行とやりとりを繰り返したが、誰も最終的にユーザー認証という関門に阻まれるとは思っていなかった。

「そちらは、どんな情報も告げる必要はなく、イエスかノーかだけでいい。名前、身分証番号、カード番号はすべて私がここに記入しており、正しく組み合わされているかどうかだけ確認し、合っていなければ前に戻るだけだ」。銀行はいかなる顧客情報もアリペイに提供する必要がなく、銀行はユーザーが記入した情報と銀行にある情報が一致しているかどうかを確認するだけだと、袁雷鳴は何度も繰り返した。
 
 数カ月の苦しい交渉を経て、一部の銀行のカードセンターと支社がアリペイと契約をし、アクセス口を設置し、アリペイにユーザーの携帯番号が銀行にあるものと一致するかどうかをチェックさせるようになった。
 
 当然、ビジネスの交渉は机上の話のみではなく、実際の利益の供与も必要だ。銀行は、新しいサービスやプロジェクトを始める前には、必ず多大な投資をしており、そのコストや財務のリターンを考える。快捷支付に一つのアクセス口を開くためだけにでも、銀行は数十万あるいは数百万元にのぼる投資をしている。それに加えて、将来の業務規模は予測できない。リターンを目にするまで、多くの銀行はなかなか行動に出なかった。彼らが懸念していたのは、もしこのプロジェクトの業務規模が伸びなければ、それまでの仕事がすべて無駄になってしまうということだった。
 
 銀行の懸念を払拭するために、袁雷鳴はまず道理から説いた。彼は銀行に、快捷支付はアリペイが力を入れているサービスで、このプロジェクトの将来の市場の潜在能力と規模に自信があると保証した。銀行がこのサービスをサポートしてくれさえすれば、アリペイは必ず多くのリソースを調整して全力で推進するとも告げた。
 
 たとえば、中国建設銀行上海分行との交渉過程で、袁雷鳴は快捷支付の業務は3カ月から半年以内でこの銀行の最大の顧客であるシートリップを超えると保証した。彼は、銀行のトップに、シートリップの業務は航空旅行に限られているが、タオバオには大量の業務があり、取引数もシートリップの数倍だと言った。快捷支付を運用できさえすれば、プロセスはきわめて順調になり、業務量は必ず増加するとも告げた。果たして数カ月後、アリペイの快捷支付の業務量はシートリップのMOTOpayを超えた。
 
 銀行の交渉において、アリペイは「預金」という交渉手段をよく使った。2010年、融資と貯金の比率および自己資本比率に関する監督当局の審査条件により、預金は銀行にとって一貫して貴重な資源となり、とくに資金が切迫している銀行にとっては、預金がなければ他の資産業務が展開できず、各銀行は本部および支店に預金指標を通達しており、厳格に審査していた。
 
 銀行の協力を得るために、アリペイはある「荒っぽい方法」を採った。当時、銀行と合意した条件は、銀行がアリペイにアクセスを提供すれば、アリペイは銀行に預金するか、手数料の前払いをするというものだった。このことにより、銀行にあらかじめ収益を確定させ、あとの不安をなくした。銀行はすでに利益を手にしていることで、この業務を進めることができ、市場の不確定性によるリスクはアリペイが負うことになった。

次回は、「第25回:銀行の不安を取り除く


アント・フィナンシャルの成功法則
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アント・フィナンシャルの成功法則 アリペイを生み出した巨大ユニコーン企業
著者:由曦
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